気分変調症と過敏性腸症候群などを患う精神疾患者の日常ブログ
 

 

 
昨日、今日と学校は最悪で。
その後のピアノ教室が楽しみだった。

私の居場所は、授業の机と、自宅のPCと、ピアノの前に増えたように思う。
長い時間をくだらないことで潰すより
短い時間で簡単な曲、数曲弾けるようになったことが
価値のあることなのだと思う。

人のことが羨ましく思う。
私は何も努力していないから
羨ましく思うことすら
いけないのに。 
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生きていてよかったと思うことも沢山あるけど
死んでおけばよかったと思うときが沢山ある。
その線引が低くて、沢山死にたくなっているのだと思う。

人と話したくないのに、一人は嫌だ。
よくわからない。
何がどうこじれてしまったんだろう。

たぶん、自己保身なのだろう。
傷ついたら死んでしまうから。
耐えられないことを知っているのだろう。
たぶん。 

 

 

 

 
日記を書こう書こうと思っていたけれど、二日間抜かしてしまった。
ところで、キーボードを新調した。
以前買い替えたキーボードがすぐダメになり、少し落ち込んでいた。
押し心地は気に入っていたのにな。
しばらくは買い換える前のキーボードで我慢していたが、
何分押し心地が悪すぎる。
どうせならとゲーミングキーボードを新調した。
ゲーミングキーボードなら、壊れにくいと思ったし。思い込みだけれど。
レビューにあった「サクサク」と例えられたこのキーボード、確かに「サクサク」だ。
悪くない。良い買い物だったみたいだ。
ベネッセの個人情報漏洩のお詫びとやらで、500円分得して買えたしね。

今日の乗り換えは悪かったから、待ち時間を図書館にあてた。
こういう余りの時間が私は好きだ。
無駄な時間を有効活用するのは、なんだか充実感が増して良い。
読了した『秘密は日記に隠すもの』を返却し、新しい本を借りた。
本には重みがある。物理的な話ではなく、正確には文字の重みだ。
今日借りた本は、一つ前の本に比べて文字たちが少し重い。
私は軽い言葉が好きだから、読みきれるか少々不安だ。
最近少し活字に埋もれたい気分だから、少しずつ読み進めよう。
しかし中々後味の良い本に出会えない。
不倫だのなんだののまとめスレばかり読んでいるからかな。
もう少し違う世界を見たほうが、同じものを寄せ付けてくれそうだ。

帰り道、就職についての話を聞いた。
年下のはずの相手は、私以上にしっかりしている。
就職についてのビジョンが明確になってきているようだ。
わたしは?と聞かれて、適当なところに就職して2,3年無理にでも続け転職するつもりだと答えた。
それではあまりよくないと、言われてしまった。
そんなので私も続くとは思えない。
いかんせん、やりたいことが見つからない。
パッケージデザインも嫌いだし、ポスターはアイデアがでなくてしんどいし、
ロゴマークなんてのも考える気にならないし。どうしてデザインがやりたいなどと思ったのか。
でも、広告かな、となんとなく思っている。
次、面談があればそのことを伝えようかな……。
というのも、やりたいことがあるからこれをやる、というより
求人票の中から選ぼうと思っていたからだ。その考えは、間違いなのかしら……。

なんとなく気分が鬱屈としている。
もう就職について考えなくてはならないのか。
就職活動は怖くない。ただ、就職後が一番恐ろしい。

わたし、デザインが好きなのかな?
好きじゃないと思う。
でも、デザインをしたいんだ。
おかしな話だと自分でも思う。 

 

 

 

 
今朝から過呼吸を起こして、動くことができなかった。
原因は、体質によるもので歳をとれば治るだろうと言われたことを思い出した。
今が辛くて困っていると言っても、若いから薬は出せないと言われてしまった。
歳をとればとか、大人になればとか。
成人を超えても何も変わらず辛いのだから、これとは一生付き合っていかなければならないのだと思う。
過去もそう覚悟した覚えがある。
でも、自由に動かない自分の身体とか、上手く出来ない呼吸とか、そういうものが自分に重石になっている。

そういう状態にあると、どうでもいいことに苛々してくるようになる。
周りにいる平気そうに歩いている人たちや、いつも遅刻してくる人たちに
自由に動くことができるのなら甘えるなと思ってしまうのだった。
私が、朝の時間をもし一つの弊害もなく過ごせたのならきっと遅刻だってしないのにって。
椅子にうずくまって、目をあけると少しだけ光が指した。
その光はとても綺麗で、ずっと見つめていたくなった。
視界がおぼろげなときの光はとても綺麗だ。
苦しくて苦しくてたまらない時ほど、そういうものに素晴らしくときめく。
その光の一部となって消えてしまいたいと思う。
もしそうなったら楽になれるのに……昨日思っていた普通ってなんだったんだろうか。

息絶え絶えで学校に到着して、教師とばったり廊下で遭遇した。
水分がなきゃ死んでしまうと思って自販機で買っていたところを見られた。
あーあ、と思った。だって授業が始まる調度の時間だったから。
入室時に名前を聞かれてドキッとした。
欠席連絡は入れたのだから、もう触れないでほしかった。
誰も気にしないことを気にしてしまう事に自己嫌悪を覚えそうになる。

その後は、有り体にいって大嫌いな教員と進路相談が行われた。
私は一秒でも話をしたくなくて、質問はありませんを繰り返した。
一度も目は合わせなかった。
教員はなにか言っていたと思うけど、聞いたら泣いてしまいそうだったから
もう聞くのは辞めた。
このままじゃだめだと貴女は言っていたよね、と切りだされた時
そんなことをいった覚えはなかったが、言ったのだろう。
このままじゃだめだとなんとなくは思うけど、本当は
誰かに今のままの自分を許して欲しいのだ。
少なくとも、その教員が言うような社会や、他人は、許さないし、興味もないのだろうけど。

案の定そのような対策をとっても涙が出そうになった。
気分は低迷していた。
しょうがないから、甘いものでも食べようかと昨日と同じコンビニで
100円のガトーショコラみたいなものを買って食べた。
甘くて美味しかった、少しだけ元気が出た。
ピアノは楽しかった。何も考えなくてよかった。ただ目の前のことを考えれば良かった。
だから楽だったんだ。それに、自分を知っている人が誰もいない環境はとても落ち着く。

大勢の人の中にいるのは苦痛じゃないが
大勢の組織の中にいるのが苦痛なのだ。
授業中も心がざわついて仕方なかった。
この空間から早く出たかった。
誰も知らない場所へ行きたかった。

ピアノを引く時、背筋を伸ばしなさいとのアドバイス。
こんなんじゃ呼吸も出来ないでしょうと整体の先生に言われた私の背骨には少々きつかった。
正しい姿勢をすると息が苦しくなるのだから、どこかねじ曲がってしまったのだろう。

ところでいつも文章を書き出すと手が止まらない。
これだけの感情と考え事を抱え込んでいるのはうんざりだ。
最近友人にも愚痴っていないなと思っていたところだったけど
もう愚痴を言うような友人はいないと思うし
これから作りたいとも思わない。
今の殺風景な人間関係は満足している。
あとはさっさと学校から出て行きたい。

ああ、学校の教員や生徒がみんなロボットだったら良いのに。
それとも、わたしがロボットだったのなら万事解決なのだろうか。
私は人間らしいけれど人間がとても嫌いだ。だって感情的なんだもの。

他人への嫉妬が最近とてもつらい。
羨ましくて仕方ない。
自分の持っていないものを持っているのが?
少し違うと思う。
私の頭のなかがデータだったのなら
完全に全てを消去したのに。

明日も学校だ。
嫌なら辞めてしまえばいい。
行きたくて仕方なかったけど、どんな場所でも組織というのがダメなのはよくわかった。
本当は信頼がしたいのかもしれない。

落ち着く場所がほしい。 

 

 

 

 
一年ぶりになぜ日記を再び書こうと思ったかといえば
これまた疎遠になっていた読書に手を出し、その本が日記をテーマとしていたからであった。

今日は無性に食べたかったぷっちょソーダ味と
好きだったファミチキを買って家に帰った。
午後の紅茶をカップに注いで、夕飯前の一服をした。

空白の一年間、何をしていたかといえば
適応障害で会社を退職し、デザイナーになるために専門学校へ入学した。
電車内で倒れた時、死ぬならデザイナーになってから死にたい、と思ったからだ。

うつ状態はマシにはなったものの、改善とは言い切れない。
専門学校で好きなことをしているはずなのに、いまいち集中出来ず
更に新しい事を求め、小学校の時していたピアノを再び始める事にした。

私はほしい物を手に入れてしまったら、使わなくても満足するタチだ。
デザイナーというのも、専門学校に入学した時点で満足してしまったのかもしれない。
私がほしいのは、気分でいつでも好きなことに手が出せる環境そのものなのだ。

ブルーマンデー症候群。
今朝は息苦しさに飛び起き、駅構内で過呼吸気味になり、
上手く出来ない呼吸と共に午前中の授業はほぼ寝ながら受ける羽目になった。

今日は後期で初めての先生の授業だ。
よく覚えていないけど、哲学的な話の部分だけうろ覚えで覚えてる。
確か、自分とは一体なんなのか、という話だった。
他人からの評価で自分は認識できる、という旨の話をしていたけど
そんなことは思春期に気付いていたことで、その頃を思い出してセンチメンタル。

あの頃の体調不良に比べればマシだマシだと思っていたけれど
同時に認識もいわゆる普通に近づいてきている。
つまり、今朝過呼吸気味になり駅構内でしゃがむという行為は
非常に私の心を傷つけるのだ。

午後の授業、先生は言った。
俺が糖尿病だったのなら、80に手が届く歳でこんなに活動はしていないだろうと。
とてもじゃないが、自分の体調が気になって何もする気は起きないだろう、と。
まさに、そうだ、この先生はよく分かっていると内心思った。
でも健康な人達にとっては、いまいちピンとこない話だったと思う。
そういう時に、甘えだとかなんだとか、理由なんてどうでもいい。
やる気がでないという事実は、理由を述べた所で変わらないのだから
甘えるなというのはつまらない言葉だと思う。
だからこそ、体調が悪いからやる気が出ません、なんてことは言いません。
だって、それもつまらない言葉だと思うから。

今日は帰宅したらこたつを出さないまでも、マットでも敷こうと思っていたら
もう既にひいてあった。
母はお節介だから、やっておいてくれたのだろう。
料理も美味しいし、仕事もできる母だけれど、どうしても話があわないのは
ふたりとも話を聞かない所が嫌いだからだと思う。

今日、お前は話を聞かないなと学校で言われて、考え事をしていた。
仕事の話を出すのもなんだけれど、上司から何の仕事が残っていたっけ?などと
私のメモを見ることは少なくなかった。それほどには神経質に話を聴きメモをとっていた。
でも、自覚がある。
ずっと深く考えすぎてしまったり、辛いことをずっと引きずってしまう性格が嫌だった。
いつか、全てに対してなんの感情も沸かなくならなければ何も辛くないって思ってた。
徐々に叶ってきているのかもしれない。
ずっとずっと言い聞かせていれば、必ず叶うと思っていたから、実行していた。
でも最近は、楽しいことも増えて、いい人とも出会えて、忘れたくないことも増えてきた。
なのに、集中出来ないのだ。
最近の私は、怠けている。安心しているのかもしれない。
今まで張り詰めすぎていたのかもしれない。
今、わたしは、普通なのかな?

ピアノ教室とか、学費とか、人生になんの未練もないのなら貯金なんて必要ないって思った。
だから、思い切れた。
そうでなければ、私は何も出来なかったでしょう。
ちょっと使いたいこともあるから、少しは残しておくけどね。

母の居ない家は、とても落ち着く。静かで……。
できれば、帰ってこなければ良いのに。
お金さえあれば、あの本のように家政婦を雇うだけの生活が出来るのかしら。
祖父はくだらないことでうるさいけど、早い時間に寝るから関係がない。

学校を出たら、社会にでる。
社会を出たら、ご近所にでる。
全てから出て行きたいと、私は思ってる。
それって、つまり? 

 

 

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